全身麻酔中って葦になるよね

ひょんな事から、全身麻酔をかける大掛かりな手術を受けることになってしまった僕。

何故、手術を受けることになったか?については別で書くとして、寝ながら考えてたしょうもない思想をとろろ

します(とろろ≒”吐露”をゆるくした感じ(てきとう))

パスカルが言ってたじゃん

 

「人間は考える葦である」フランスの17世紀の思想家・数学者であるパスカルの言葉である。

僕はこの考え方に100%頷けない。と、いうより受け入れがたく斜に構えてしまう。

“葦”という比喩は、合理的というか、比喩としての最適解というか・・・とにかく感心してしまうわけですが、そんな話をしたいわけではない!!!

 

人間は考える葦らしいが

 

人間が考える葦であるのは、

 

自然とか運命の暴威に対して無力だけど、それに従順に従って、暴威をくぐり抜けて、また元のように、自分自身の姿で立ち上がる → 自然界の中ではたいへん弱くて、簡単に風にしなるが、柔軟性があって、運命にも暴威にも屈しない。

そして何よりも、「考えることができる」つまり「精神を持っている」から、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在だよー。

 

的な感じだったはず(てきとう)

つまり、自我・自由意志がある(意味合いが違うけどざっくり・・・以下、意識)

全身麻酔中って本当に意識無いんですよ。

じゃあ、もうただの葦でしか無いじゃん!と思ったわけです。

 

一瞬ではあるものの、考える葦から、ただの葦まで自然界ヒエラルキーがランクダウンするって怖いなぁって、病室のベットの上、朦朧とした意識の中考えてました。

 

おわり!

 

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